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ボールドウィン効果ってすごい

あるところにラマルクという男とダーウィンという男がいた。ラマルクは、「生きている間に努力したことや学んだことは次の世代にも伝わるよ」と言った。ダーウィンは、「そんなわけ無いじゃん」と言った。時は流れ、獲得形質は遺伝しないということが確定した。ダーウィンの勝利である。

それにもかかわらず、生物の学習能力は進化に影響を与えるという。これは以下の過程に基づく。

  1. 生物が学習により生存に役立つ技能を獲得したとする
  2. その生物は自然淘汰に選択され、生物が役に立つ技能を学ぶ能力が子孫に伝達される(注意:技能そのものではなく技能を学ぶ能力が遺伝する)
  3. 次の世代では、競争が激しくなり、役に立つ技能をただ学ぶだけでなく、より速く学んだ個体が生き残るようになる
  4. 3のプロセスが何世代も繰り返されると、やがて生存に役立つ特定の技能を学ぶ能力は極限まで高められ、生まれた時からすでにその技能を持つようになる。すなわち初期の世代で学習により獲得された能力が、新しい世代にとっては本能になる
  5. こうして、長期的には獲得形質が子孫に伝わることになる

この過程はボールドウィン効果と呼ばれる。もちろん、ボールドウィンという人がはじめてこういうことを主張したからその名前が付いた。この説(学習能力が進化の方向を決めるという説)は、本能だけでなく、生物の身体の形がどのようにして進化したのかも説明する。

もしも、突然変異によって指の数が3本ではなく、5本になったならば、学習能力の無い生物は余分な2本の指を制御するような本能が無いために、生存上不利になる。ところが、学習能力のある生物は5本指の使い方を学び、うまく行けば3本指には夢にも思い浮かばないことを出来るようになり、その結果、他の個体との競争に勝てるかもしれない。いったん身体的特徴の変異を行えば、ボールドウィン効果が働き、はじめは学習によって使い方を学ぶとしても、最終的には生まれつきの本能によって制御出来るようになる。このようにして、身体的特徴の枝分かれが生じる。概して、学習能力が高ければ高いほど思い切った身体の改革を行えるので、進化による身体的特徴の多様化が進むことになる。どのような学習を行えるかが、生存に有利な突然変異の方向を定める。

5億年ほど前に起こったとされるカンブリア大爆発では、生物の遺伝的多様性が爆発的に増大し、現存ずるすべての生物の門(生物のボディプランに基づく分類)が突如として出揃った。カンブリア爆発の原因はひとつでは無いだろうが、ボールドウィン効果は明らかに関わっているだろう。よく言われるシナリオを以下に紹介する。

  • カンブリア紀に入り、何らかの理由(地質活動の非活発化?)により、海の水が澄んで、透明になった
  • すると、光を感じるセンサーを備えることの利点が高まり、目が誕生した
  • 視覚情報の複雑さに対処するため、神経系も複雑になった
  • 副次的な効果として、神経系の一般的な学習能力(容量、アルゴリズム)が上昇した
  • かくして、ボールドウィン効果が起こり、多様化が一気に進んだ

生得論と経験論のよくある論争は、こんな風に決着するのではないだろうか:生得能力も長い目で見れば学習されたものである。生得による能力と経験による能力の違いは、進化によって学習したのか、神経系の可塑性によって学習したのかの違いである。進化は試行錯誤による学習である。神経系の可塑性は、一般的には試行錯誤によるものであるとされる。ここから、両者はプログラムの2重ループのようなものだと考えられる。外側にあるループは進化による試行錯誤を表し、内側のループは個体の経験からの学習による試行錯誤を表す。

、とすると、近年流行しているビッグデータ主導のコネクショニスト認知パラダイムは案外正しいのかもしれない。つまり、コネクショニストは生得的能力に関する明らかな事実を無視するが、与えるデータが質的、量的に充分であるならば、学習単独でも進化の過程を再現して、生得的能力と同等のものを備えられるかもしれない。