Matter Mind Meaning

思ったことを忘れてしまわないように書き留める

<書評> Ray Kurzweil 著 "How to Create a Mind"

最近読んだ本、"How to Create a Mind" が面白かったので紹介する。

この本の内容は、どのように人間の心を人工的に作るかに関するものである。近年の脳科学と人工知能の成果を紹介しながら、人間の知能の本質について平易に解説している。他にも、最近注目を集めているIBMのWatsonやAppleのSiri,Googleの自動運転車などの技術や、人間の自由意志と自我の問題、そして情報技術の指数関数的成長について触れている。

著者のカーツワイルは発明家として有名で、米国発明家の殿堂に入っている他、3人の大統領から表敬されており、「エジソンの正当な後継者」と呼ばれている人物だ。

カーツワイルの主張で印象的だったのは以下の点だった。

・人間の脳は基本的なパターン認識モジュールがいくつも繰り返されたものである。

・人間の知能は階層的で、情報は低い階層から徐々に高い階層へと伝達される。

・基本的なモジュールの動作さえ解明すれば、そのモジュールを組み合わせることにより脳のような複雑なシステムを構成する事が出来る。

・脳が行っている計算は本質的にはコンピュータで再現できる。

・2020年代には人間の脳全体のコンピュータシミュレーションが可能になる。

・人間の意識は物質そのもの(ハードウェア)ではなく物質の動きのパターン(ソフトウェア)である。

 

特にカーツワイルの、人間の知能がいくつもの基本的なパターン認識モジュールによって構成されるという主張は説得力がある。

人間の脳は通常、部位によって役割分担が決められている。例えば、視覚情報は後頭葉で処理し、意思決定は前頭前野で、言語処理は側頭葉で処理するという具合だ。

ところが生まれたときから全盲の人の場合、健常者とは役割分担が異なる。本来、視覚情報を処理する後頭葉で言語処理を行っていたりする。

このような脳の役割分担の変化の柔軟性は、脳の全ての部位が、生まれたときから均質な構造をしており、学習によって機能分化をしていくと考えれば説明がつく。

また、大脳皮質は解剖学的に、大脳コラムと呼ばれるモジュール構造を備えている。各大脳コラムは数百個のニューロンの集合体で、円柱状になっている。また、情報処理が各コラムごとにある程度独立した形で行われているという実験証拠が存在する。

従って、大脳は大脳コラムのようなモジュールがレゴのブロックのようにいくつも繰り返されたものであり、情報処理の役割分担はこれらのモジュールの一つ一つが協調して学習することで実現されると推論できる。

人間の知能が階層的であるという主張も同様に説得力がある。

例えば視覚情報処理を考えてみる。視覚情報処理は幾つかの段階を経て行われる。初期の段階では網膜に映った画像のうち、微小な区間に映った線分の傾きや色、動きが検出される。さらに段階が進むと、円や四角形、T字型など簡単な図形が検出され、最終段階では人の顔や体が検出される。このように情報は処理の段階が進むにつれ、抽象化・一般化される。このように視覚情報処理はピラミッドのような階層性を備えている。

言語の処理についても同様の事が言える。まず耳から入った音声は、周波数帯域ごとに細かく分割される。次に音声が単語を表す事が検出され、次に文節、次に文全体が検出される。

また、カーツワイルは言及していないものの、2006年ごろから、深い階層性を持つ機械学習システムを利用するDeep Learning と呼ばれる手法が大変な注目を集めている。実際、Deep Learning の枠組みで開発された、深い階層構造をもったニューラルネットワークが、機械学習の多くのベンチマークテストで世界最高記録を更新している。

従って、実際の脳でも、人工的なシステムでも、階層的な構造が有用であるように思われるため、カーツワイルの主張にはうなずける。

一方、この本で残念だったのは以下の点である。

・物事を単純化しすぎている。

・自由意志や自我などを扱っている箇所は論理展開が貧弱。

・自分や自分の会社の業績を宣伝しすぎ。

ニューラルネットワークの能力を過小評価している

最後のニューラルネットワークについての点だが、カーツワイルは完全にこの技術の最近の進展を理解していないようで残念だった。個人的には今後の人工知能の研究でニューラルネットワークは最も熱い分野になると思うからだ。

 

全体としては、人間の知能について分かりやすく解説されており、さらに工学的に知能を実現する際の役に立つ指針も多く得る事ができた。読んで損はない本だった。知能に関心がある多くの人におすすめできる本である。